Siren


過酷な一時間三十分の道のりを歩いて帰ることにした。途中でタクシーに乗るつもりであったが、空の車は通らなかった。軒を閉ざした商店街をひたすら歩き続けた。
途中、力尽きて一杯飲み屋の暖簾を潜る。コップになみなみと注がれた御神酒を飲み干すと、食道を生き物のように、するすると伝う様を感じる。御神酒と一緒に出された鯣をあてにちびりちびりとやりながら、心にうつりゆくあーでもない、こーでもないの出来事をあれやこれやと思案するのである。
ふと窓を振り返ると、血が一滴硝子の表面をするすると流れている。硝子のさらに先には、明鏡タワーへと続く櫻井橋が見える。三十年前、このあたりは天然痘が猛威をふるい四千人以上の感染者、千二百人の死亡者が出た。人々からは、見定めの病として恐れられていた。この病により、未だ閉鎖されている明鏡タワーのことが無性に気にかかる。



GreenRoom_125x125.jpg